勉強すればするほど、考えれば考えるほど本質から遠ざかってしまうこともあなかなかインパクトのある内容になっている。言語聴覚士のカリキュラムには心理学系の単位があると思うが…。
る。吃⾳を⼼理学や社会福祉学、果ては哲学の領域までブッ⾶んで考えようとする⼈も時々いるが、そこまで⾏くと⼿に負えない。実際にブロックで発話できず困っているリアルな瞬間に⽴つ素直さを忘れてはいけないと思うけどね。
さて、吃音に限らずであるが。
発達障害児者や家族(もちろん発達障害以外の障害や難病や社会的障壁をもった人すべて)にアプローチする場合、心理学も社会福祉学も哲学も必要な場面はあるだろう。「ブッ飛んで考えようとする人も時々いる」らしいがそうではない。
言語聴覚士という職業でも病院、介護、障害者福祉、小児療育、通級指導教室、特別支援学校などで働く場面があるだろう。クライエントもさまざまな人がいる。クライエントごとにきめ細やかな対応をしなければいけない場面もでてくるはずだ。心理学や社会福祉士学、哲学が必要なこともあるだろう。とくに昨今の医療従事者は多職種連携が指摘されており、言語聴覚士は言語聴覚士だけをしていればよいわけではない。専門的な職務は決まっているが、一人のクライエントについて多職種連携をしてアプローチする際に言語聴覚士以外の人の視点も必要になる。基本的なことであるのだが。
横井秀明言語聴覚士によるとブッ飛んでいるらしい。
クライエントが置かれた立場、どうやってこの病院に来たのか。
医療費が払えない人は、公的扶助を使い病院につながっているかもしれない。
公的扶助を利用するために社会福祉士など支援者が間に入っているかもしれない。
クライエントの仕草や視線、身体の動き、会話の内容なども丁寧にうけとめないとならない。そういう場合も心理学も必要になるかもしれない。哲学を学ぶことにより当たり前だと思っていたことがそうではないという気付きを得るかもしれない。
吃音業界には医師、看護師、言語聴覚士も必要だが、社会福祉士、精神保健福祉士もどんどん入ってきてほしいところである。吃音にアプローチできるのは言語聴覚士だけではない。吃音により発話発語できないことにより、日々の生活が困っている人もいるかもしれないのだから。
―――横井秀明言語聴覚士のつぶやき紹介
ヨコイ@吃⾳のある⾔語聴覚⼠ @yokoy0529 · 6⽉29⽇
勉強すればするほど、考えれば考えるほど本質から遠ざかってしまうこともあ
る。吃⾳を⼼理学や社会福祉学、果ては哲学の領域までブッ⾶んで考えようとす
る⼈も時々いるが、そこまで⾏くと⼿に負えない。実際にブロックで発話できず
困っているリアルな瞬間に⽴つ素直さを忘れてはいけないと思うけどね。
※横井秀明言語聴覚士はTwitterの名前や「@ではじまるID」をちょくちょく変更してしまうようで、このつぶやきは@yokoy0529となっている。
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